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仙台高等裁判所 昭和35年(う)343号 判決

控訴人 被告人 工藤勇三郎

検察官 井川正夫

検察官 鴇田正三

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中原審証人和田真言、同小川、同長沢猛、同中村拓道、同三星実、原審ならびに当審証人熊沢太に支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中第二の(ロ)の公衆浴場法第二条第一項違反の点につき被告人は無罪。

理由

本件控訴趣意は、検察官井川正夫および弁護人森田重次郎各名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

検察官の控訴趣意について、

本件公訴事実第一は、「被告人は、昭和三二年四月ころ、所定の確認申請書を所轄建築主事に提出することなくその確認を受けないで、上北郡横浜町字横浜六二番地の三号に約二八八平方米の公衆浴場建築物を建築した」というのである。山本俊雄、杉山恵章および外崎重雄の各司法警察員に対する供述調書、原審第三回公判調書中証人和田真言および同熊沢太の各供述記載、原審第六回公判調書中証人杉山重治の供述記載、青森県知事山崎岩男作成の捜査関係事項について(回答)と題する書面、被告人の検察官に対する供述調書によると、被告人は、昭和三一年一〇月二七日所轄建築主事に対し建築基準法第六条第一項に基く公衆浴場建築物の確認申請書を提出したが、同年一一月一〇日右建築主事から公衆浴場法第二条第三項の委任に基き公衆浴場の設置場所の配置基準(既設の公衆浴場との距離的関係による制限)を定めた公衆浴場法施行条例(昭和二五年一二月青森県条例第七七号)第二条第二号の規定に適合しない旨の通知を受け、結局公衆浴場建築物の確認を受けることができなかつたにかかわらず、昭和三二年四月ころから同年七月ころまでの間に青森県上北郡横浜町字横浜六二番地の三号に約二八八平方米の公衆浴場建築物を建築した事実が認められる。原判決は、要約すると、「公衆浴場は国民多数の利用という点からはむしろ多数並存することが望ましい。濫立によつて生ずるおそれのある、浴場経営の困難に基く衛生設備の低下等の公共の福祉上好ましくない影響は、既存の法令の範囲内で容易に行いうる行政庁の衛生監視、営業許可の取消処分等によつて防止することができる。以上の観点からすれば、国家が公衆浴場の配置について規制すべき特別の理由がないから、既設浴場業者に一種の地域的独占的特権を認めた公衆浴場法第二条第二項本文後段第三項同法施行条例第二条第二号の規定は、公共の福祉に反する場合でないのに職業選択の自由を違法に制限するもので、憲法第二二条第一項に違反する。したがつて、本件において建築主事が右違憲の法条、条例に基いて被告人の公衆浴場建築物の確認申請に対し確認を拒否したのは違法の処分であつて、被告人を責むべきなんらの理由もない」として、右公訴事実につき無罪の言渡をした。

憲法第二二条第一項は、職業選択の自由を無制限の権利として保障しているのではない。公共の福祉の要請があるかぎり、その自由を制限することが許容されることは、明文上明らかである。ことに公衆浴場は、私企業であるとはいえ、公共性を帯びた保健衛生施設である。公衆浴場設置に関する公共の福祉のための制約の必要性は、その企業の性格自体に内在するものということができる。昭和三〇年一月二六日の最高裁判所大法廷の判決は、すでに公衆浴場法第二条第一項違反被告事件につき「公衆浴場は、多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う厚生施設である。そして、もしその設立を業者の自由に委せて、なんらその偏在および濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が講ぜられないときは、その偏在により、多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便を来たすおそれなきを保しがたく、また、その濫立により、浴場経営に無用の競争を生じ、その経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすおそれなきを保しがたい。このようなことは、上記公衆浴場の性質に鑑み、国民保健および環境衛生の上から、できるかぎり防止することが望ましいことであり、したがつて、公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠き、その偏在ないし濫立を来たすにいたるがごときことは、公正の福祉に反するものであつて、この理由により公衆浴場の経営の許可を与えないことができる旨の規定を設けることは、憲法第二二条に違反するものとは認められない」として公衆浴場法第二条第二項本文後段の規定が右憲法の規定に違反しない旨を明示し、公衆浴場法第二条第三項の委任に基き同条第二項の設置場所の配置基準(既設の公衆浴場との距離的関係による制限)を定めた昭和二五年福岡県条例第五四号第三条も、したがつて当然に右憲法の規定に違反しない旨を判示している。右条例第三条に関する見解は、趣旨においてそのまま前掲青森県条例第二条第二号にも妥当する。当裁判所は、叙上大法廷の見解に従うべきものと考えるのであつて、いまこれを変更すべき理由を認めることができない。公衆浴場の配置の適正は、自由競争による経済の自律性によりおのずから期待しえられるとする見解がある。しかし、自由競争には無用の競争を避止する自律作用を伴うことはこれを否定することができないが、他面、節度のない競争を生む自壊作用を伴うことを忘れてはならない。原判決の議論にも一理はあるのであるが、要するにそれは一面的解釈にすぎない。ひつきよう、原判決が右公衆浴場法および青森県条例の規定が違憲であり、したがつてこれに準拠して被告人の公衆浴場建築物の確認申請に対し確認を拒否したのは違法処分であるとして、本件につき無罪の言渡をしたのは、法令の解釈適用を誤つたものであり、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

弁護人の控訴趣意について、

原判決が原判示事実につき挙示する証拠に杉山新一郎、山本俊雄、杉山憲章および外崎重雄の各司法警察員に対する供述調書、組合加入申込書綴(証第一号の一ないし七)横浜町衛生浴場協同組合員名簿(証第二号)を綜合すると、被告人は、昭和三三年二月二九日ころから同年九月一七日ころまでの間、青森県知事の許可を受けないのにかかわらず、公衆浴場建築物の確認を受けないで建築した前掲浴場において、中学生以上一五円、小学生以上中学生未満一〇円、小学生未満五円の料金を徴して一般公衆多数を入浴させ、公衆浴場を経営していたが(以上公訴事実第二の(イ))、横浜町長らの注意勧告を受けて、同年九月一八日右経営をいつたん閉鎖したこと、そのころ杉山新一郎ほか数名が発起して、右浴場施設を利用する、組合組織による浴場経営を企図し、同月二三日被告人、発起人および趣旨に賛成する町民等三十数名が被告人方に集つて組合創立総会を開き、組合規約を定め、被告人を組合長に選任したほか理事、監事等の役員を選定し、被告人が組合に対し浴場施設を賃料月額二〇、〇〇〇円で賃貸すること、浴場を利用する組合員から入浴の都度維持費として一一才以上一〇円、一一才未満五円を徴収すること、被告人夫婦等が組合の従業員として経営の業務を担当すること等必要事項を協議決定して、ここに浴場経営を目的とする横浜町衛生浴場協同組合を設立し、組合員として三十数世帯の加入をえて同月二四日から被告人の采配のもとに浴場を開設し、さらに組合員を募集してその規模を広げ、かくして右規約のもとに組合員多数を前記浴場に入浴させていたこと(以上公訴事実第二の(ロ))が認められる。小関佐一郎、高岡キエ、田畑ツネおよび北館まさの各答申書には、同人らが組合員でないのに右浴場を利用した旨の記載があるが、当審における証拠調の結果によると、世帯主が世帯を代表して組合に加入した場合には、世帯員中に組合員資格の認識に徹底を欠いた事例などもあつて、右答申書の記載が必ずしも真実に添うものとは認めがたく、他に被告人が意識して非組合員の入浴を黙認していたことを確認するに足りる証拠は存在しない。

ところで、問題は、組合組織による浴場(以下組合浴場と称する)が公衆浴場法にいわゆる公衆浴場にあたるかの点である。原判決は、経営の実態より考察すると、組合浴場も保健衛生の観点から同法の規制を受けるものと解すべきであり、したがつて、本件における公衆浴場、組合浴場の経営の全体が包括的に同法第二条第一項違反の罪を構成するとの見解のもとに、罪となるべき事実として、「被告人は、青森県知事の許可を受けないで、昭和三三年二月二九日から同年一二月二四日まで青森県上北郡横浜町字横浜六二番地の三号にみずから設備した浴場において、所定の入浴料を徴し、小関佐一郎ほか多数の公衆を入浴させ、もつて公衆浴場を経営した」と判示し、以上の所為を同法第八条第一号の罰則により処断したが、論旨は、組合浴場は同法にいわゆる公衆浴場にはあたらないから、本件組合浴場経営の部分は同法第二条第一項違反の罪を構成しないと主張するのである。

公衆浴場法第一条第一項は、「この法律で公衆浴場とは、温湯、潮湯又は温泉その他を使用して、公衆を入浴させる施設をいう」と定義している。公衆とは、法律上の慣用語としては不特定多数人を指すものと解すべきである。多数人であつても、それが特定している場合には、公衆ではない。したがつて、特定の組合に加入している組合員の全体は、多数であつても、特定しているから、公衆ではないといわなければならない。任意の加入、脱退が許される組合の場合には、組合員に異動を生ずることがありうる。しかし、かような組合の場合でも、その存続中のいかなる時点においても組合員は全体として特定しているのであつて、組合員の異動はこの特定性を害するものではない。以上の観点からすれば、組合員のみに利用を許す組合浴場は、公衆浴場法にいわゆる公衆浴場にあたらないと解するのが相当である。同法とほとんど時を同じくして制定された医療法が病院、診療所、助産所等の定義を定めるにつき「公衆又は特定多数人」という語句を用い、公衆と特定多数人を同列に併記しているのは(同法第一条第一項第二項第二条第一項第五条第一項参照)、公衆に特定多数人が含まれないという解釈を前提として特定多数人の組織による施設たとえば組合病院のごときものをも同法の規制下におくためにとつた立法形式であつて、右は公衆浴場法における公衆の意義に関する叙上の見解の正しいことを裏書するものということができる。所管庁である厚生省は、立法当初のころは、組合浴場を公衆浴場法の適用外にあるものとして取り扱つていたが、昭和二四年一〇月一七日衛発第一、〇四八号各都道府県知事あて同省公衆衛生局長通知において右見解を改め、組合浴場でも社会性を有するものは、同法の適用を受けるとの解釈をとるにいたつた。所属組合員数の多い組合浴場がある程度社会性を有することは、これを否定することができない。したがつて、かような組合浴場については、実質的に考察すれば原判決のいう保健衛生の観点からの同法による規制の必要性は、これを了解しうるのである。しかし、組合浴場を同法の規制下におくことは、よろしく立法措置にまつべきであつて、解釈により同法にいわゆる公衆の意義をおし広げて公衆浴場に組合浴場を含ましめることは、刑法の基本原則である罪刑法定主義の精神にもとり、許されないものといわなければならない。以上の次第であるから、論旨のその余の主張につき判断するまでもなく、本件組合浴場の経営は、同法第二条第一項違反の罪を構成しないものというべきである。したがつて、原判決が右部分についても同罪の成立を認めたのは、法令の解釈適用を誤つたものであり、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所は次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、建築基準法第六条第一項の規定による所轄建築主事の確認を受けないで、昭和三二年四月ころから同年七月ころまでの間青森県上北郡横浜町字横浜六二番地の三号に約二八八平方米の公衆浴場建築物を建築し、

第二、青森県知事の許可を受けないで、昭和三三年二月二九日ころから同年九月一七日ころまでの間引き続き右浴場において、中学生以上一五円、小学生以上中学生未満一〇円、小学生未満五円の料金を徴して一般公衆多数を入浴させ、業として公衆浴場を経営し

たものである。

(証拠の標目)

判示第一の事実につき

一、山本俊雄、杉山恵章および外崎重雄の各司法警察員に対する供述調書

一、原審第三回公判調書中証人和田真言および同熊沢太の各供述記載

一、原審第六回公判調書中証人杉山重治の供述記載

一、当審第二回公判調書中証人和田真言および同熊沢太の各供述記載

一、青森県知事山崎岩男作成の捜査関係事項について(回答)と題する書面

一、被告人の検察官に対する供述調書

判示第二の事実につき

一、原審証人長沢猛に対する尋問調書

一、当審第二回公判調書中証人熊沢太の供述記載

一、中山栄二郎ほか二二名の各答申書(記録八七丁ないし一〇九丁)

一、青森県知事山崎岩男作成の捜査関係事項について(回答)と題する書面

一、原審検証調書

一、被告人の検察官に対する供述調書

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一は建築基準法第六条第一項第九九条第一項第二号罰金等臨時措置法第二条第一項に、第二は公衆浴場法第二条第一項第八条第一号罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するから、後者につき所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により各罪につき定めた罰金の合算額以下において被告人を罰金三、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法第一八条により金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文により主文第四項掲記のとおりその負担を定めることとする。

本件公訴事実中第二の(ロ)の「被告人が杉山新一郎ほか六名と共謀のうえ、横浜町衛生浴場協同組合を組織し、青森県知事の許可を受けないで、昭和三三年九月二四日ころから現在まで約一〇〇回にわたり、右浴場で、一一才以上一〇円、一一才以下五円で組合員多数に入浴させ、もつて公衆浴場を経営した」との点は、前段説示のとおり罪とならず、かつ判示第二の公衆浴場経営と意思の継続が認められないから、刑事訴訟法第三三六条により右の点につき無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 細野幸雄 裁判官 有路不二男 裁判官 杉本正雄)

検察官の控訴趣意

原判決は法令の解釈適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。

即ち原審判決は起訴状記載第一の建築基準法違反の事実について公衆浴場法第二条第二項後段及び青森県条例第七七号第二条第二号の規定が憲法第二二条に違反するとの理由で無罪を言渡したものであるが、そもそも公衆浴場は多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる公共性を伴う厚生施設であり、もしその設立を業者の自由にまかせて、何等その偏在および濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が講ぜられないときは、浴場経営に無用の競争を生じ、その経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響をきたすおそれがあること明らかであるので公衆浴場の設備場所が配置の適正を欠き、その偏在乃至濫立をきたすに至るがごときは公共の福祉に反するものであり公衆浴場法第二条上述の青森県条例第二条の公衆浴場設置に関する距離制限の規定は職業撰択の自由を保障する憲法第二二条に違反するものではない。右公衆浴場法第二条が憲法第二二条に違反しないことは昭和二八年(あ)四七八二号昭和三〇年一月二六日、昭和三〇年(あ)二四二九号昭和三二年六月二五日及び昭和三四年(あ)一四二二号昭和三五年二月一一日の各最高裁判所判決が明示して居るところである。以上のとおり右公衆浴場法第二条及び青森県条例第七七号第二条第二号の規定はいずれも当然有効な法律、条例であるのに、原審判決はこれを違憲で全く無効なものとして法令の適用をなし、その結果無罪を言渡したものであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用に誤りがあると考える。以上の理由により原判決は当然破棄されるべきものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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